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1998年3月18日 某病院で男の双子が生まれる。
3月19日生後2日 親類達が見舞いにくる。
3月31日生後14日 家内とはやとが退院。
入院中の出来事
4月20日 つばさ退院する。
我がアパートの住人達

ミルクが飲めない
4月23日 生後36日 寝付きがわるい、うなる。
5月5日 生後48日 こどもの日
5月28日 生後71日目 デベソ。
6月18日 生後3ヶ月 笑ったり表情が出てきた。
9月4日 生後5ヶ月半 ツバサでんぐりがえしできる。
アパートの住人パート2
生後7ヶ月頃 ツバサお座りできる。
住宅購入奮闘記

1998年3月18日 某病院で男の双子が生まれる。

 予定日は4月18日でしたので、まだ1ヶ月有るなと二人とも思っておりました。
この日は丁度妻の検診の日で朝「気をつけて行くんだよ」と言い残して自分は会社に出勤しました。まだ、札幌は雪がかなり有り足下が滑る道路事情でした。
 出勤して朝の10時半ころです家内から焦ったような声の電話が有り「今すぐ纏めてある荷物を持って病院にきて」とだけ言われ会社から自宅までの10分間を走りまくり荷物をもって病院まて全力で走り2階の詰所に荷物を持っていきました。まだまだ寒い時期だというのに汗だくでグショグショになっていました。看護婦さんに「待っていました」と言われ「奥様は緊急帝王切開を行うので2分だけ話してください」と言われ奥の部屋に連れて行かれました。そこには点滴をして横たわっている家内がいました。家内自身も何が何だかわからず「一様準備だけしておくみたいだから何ともない」と言ったような気がします。時間が来て手術室の隣の詰所の前で待つこと15分、助産婦さんが「男の子ですよ」と見せてくれました。見るとまぎれもなく自分の子だなと確信できるぐらい似てました。誰にって私にです。
見せてくれたのは20秒位でしたね。その後10分位して「弟さんですよ」と二人目が出てきました。これがまた間違いないなと言う顔をしておりまして、一安心しました。後は家内です少し経ってストレッチャーに乗って来た家内は麻酔が効いており朦朧としておりました。少し経って麻酔が切れる頃になると話すことができたのですが家内はメスを入れられた瞬間痛いっと叫んだのですぐ全身麻酔を打たれ
子供とはご対面していなかったそうです。先生からのお話によるともう子宮口が8p程開いており、また1人が下に下がっており危なかったそうです。無事2人生まれほっとしていると小児科の先生からのお話があり1人はいっぱい器具をつけられ様子をよく見ましょうと言われました。この後父、母達に電話し生まれたた・・・と報告しました。これからが奮闘記を飾る出来事が次から次へと始まり始まり始まりです。
3月19日生後2日 親類達が見舞いにくる。
 
昨日、親戚中に電話をしまくった事により次々とお見舞いに来ました。名前はと聞かれると第1子はと書いてつばさと読むんだよ(そのままやないかえ)、第2子は駿と書いてはやとと読むんだよ、翼はをイメージ、駿はをイメージして名付けました。二人合わせてペガサス何だよと言ってもわかる人は何人もいないでしょう。実は当初男の子と女の子と言われてまして男の子は駿、女の子は真理奈つまり陸と海というイメージで名前を考えていたのですが男の子が二人となり生まれた日は徹夜で翼と言う名前を考えました。駿はお腹にいるときからよく動く子ではやと、はやとといつも呼んでいたのできっと自分ははやとなんだなとわかっていたような気がします。だって、はやとって呼んだらニッと笑うんだもの。つばさはまりな、まりなと呼んでいたせいか何となく女の子ぽい感じがしました。この日の午後になると家内も元気になりホッとしました。何はともあれこの二日間は忙しく目が回るような感じを覚えました。本当に回っていたりして。
3月31日生後14日 家内とはやとが退院。
 もう春がすぐそこに来ている暖かい日に2,500グラムまで到達しなかったつばさを残して家内とはやとが退院しました。入院の時に履いていったブーツが恥ずかしくなるぐらいの陽気でした。家内は退院したもののまだ入院しているつばさのために、毎晩授乳に病院へせっせと通いました。つばさが家内が帰る時間になると解っているのか寂しそうな顔をしていたそうです。それを見て涙して毎日帰ってきたそうです。さて、家内が授乳に出ている間はパパとはやとの二人だけです。初めての子供と言うことで触るのも、だっこも、泣かれるのも初めて初めて超怒級初心者なもんで泣き出したらどうしようとヒャヒャしてました。家内が授乳に出かける頃にミルクをたっぷり飲ませるとはやとは静かにしているいい子でした。ほんとうに助かりました。家内はこれから毎日、毎日つばさの授乳に何があっても行かなければならない事を肝にめいじ自分もできることはやるように心がけて行かねばと思いました。
入院中の出来事
 家内からのインタビューを纏めている最中です。きっと、おもしろい出来事があったと思います。
4月20日 つばさ退院する。
 約一ヶ月の入院で体重が2,378グラムと2,500グラムには少し足りませんでしたが退院となりました。つばさはたっぷり(これが後から大変なことに気がつきます。)ミルクが飲めるし、家内も通わずに済むし、パパもヒャヒャしないで済むしいいことずくめの待ちに待った退院です。
 そのころハヤトは3,468グラムと順調に標準体重に近づいて来ました。何故だと思います、実はミルクの量にはみなさん気をつけてセオリーに近い量を与えていると思うのですが我がアパートは下にも隣にもひそひそ話しもできないくらい壁が薄く筒抜けなものですから泣かせないようにと泣いたらミルク、ヒャックリが出たと言ってはミルクと言う具合に止めどもなく与えていたものですから豚さんになるのにそう時間はかかりませんでした。やりすぎですよね、ハヤトも与えれば与えただけ飲むものだからお腹が空いているのだと大きな勘違いをしていることに気がついたときはすでに遅く足首がめくれあがるぐらいボンレスハムになっていました。赤ちゃんはまだ自分でミルクの量をコントロールできないので親がしっかり管理してあげるべきだと本に書いて有りました。
我がアパートの住人達
 ここで余談ですが我がアパートの住人達を紹介したいと思います。何故って変わり者が多いからです。
 我がアパートは家内が出産した病院から徒歩で5分程の所にある木造2階建6世帯の2LDKの築20年位(大家さんは築10年と言っていたし、不動産業者も10年ぐらいと言っていた、うそつき、業法違反でないのかえ)は経つだろうなという少しくたびれたアパートです。
 まず1階に住む新築当初からいるのではないかなと言うぐらいの主(6人家族)で全員が変というか自己虫家族、お父さんは釣り好きの釣り命と言うぐらい毎週のように釣りに出かけては釣ってきた魚を階段の下に吊り下げ他の住民に迷惑をかけている。お母さんはお父さんの3倍はあるような大きな人。きっと、こういう夫婦をノミの夫婦って言うんだろうな。そして子供達は男の子1人と女の子2人の3人、自分がこのアパートに来た頃はみんな学生でしたが引っ越す頃にはそれぞれ職に就き、結婚し子供ができていました。さて、これでは5人家族ですがもう1人毎日のようにご飯を食べに通ってくる人がいました。家族みたいな付き合いをしているのでしょうね。いつも窓越しに「ヘイ」といっていたのであだ名をそのまま「ヘイ」と勝手に付けました。自分がここに来て3年位たった頃でしょうか、この家族はだんだんと周辺の笑いものになって行くわけです。我がアパートには隣のアパートとの間に結構な広さの裏庭がありその裏庭を自己虫家族はゴムボートを置いたり、畑を作ったり、宴会を開いたりと周りの迷惑を考えず使用してました。その中での出来事ですごかった事を少しお話ししましょう。
殺せるものなら殺して見ろ事件
 自己虫家族は宴会が好きで好きで夏になると週2位で焼き肉を煙りモコモコたてビールを飲みながら大騒ぎをします。自己虫父さんはアルコールが入ると気が大きくなり宴会の度に自己虫母さんと大げんかをし結局体格の差で負けるようです。そんな中でけんかがエスカレートしてお父さんが包丁を持ってきてお母さんに突きつけたみたいです。自己虫家族はみんな声がでかいので家庭の中が丸見えで今回のけんかの元はどうも内緒で買った軽自動車のことだったようです。お父さんは殺すの殺さないのと怒りまくっていましたがお母さんの一言で幕が閉じました。大きな大きな声で自己虫母は「殺せるものなら殺して見ろ」と自己虫父に立ち向かいました。その後しばらく静かになりどうしたのかなと気にしているといきなり笑い声が飛び込んできました。また負けたんですね。
ゴミ箱にコンド○ム事件 
 家庭の事情が解る自己虫家族の自己母の一言でかたずいたもう一つの事件をお話ししましょう。
 主役は長女ですぐ近くの職場に就職したらしくお昼時にはたまに帰ってくる見たいです。その長女には付き合っている彼氏がおり家族のような付き合いを始め遠慮なく自己虫家族の家へと勝手に入ってくるらしいのですがそこで長女の友達がたまたま遊びに来て長女の部屋に2人きりになりやってしまったようです。そこへ長女が帰ってきてただならぬ様子からゴミ箱を見ると使用したてのコンド○ムが見付かったみたいです。それからこの3人は一波乱あり取っ組み合いのけんか(どすん、どすんと音がした)のとやじる声、様子から男はおろおろしていた見たいですが、女のけんかは凄すぎる位凄い、そのけんかを聞き自己虫母は一言「若い者が2人いればなってしまうものだ、現物(コンド○○)を見てやるからもってこい」と大きな大きな声で言いました。その後娘の泣き声は聞こえたものの3人の中は終わった見たいです。
 まだまだ、いろんな事件が有りますが次回を楽しみにしてください。
ミルクが飲めない
 つばさが退院して大変なことに気がつきました。それはミルクがうまく飲めないのです。一生懸命に吸っているのですがほとんど口から溢れ出てしまい喉を通らないみたいなのです。原因はよく観察すると吸う力は十分有るのですが喉が細いのかゴックンと飲めず次から次へと口の中に入ってくるミルクが溢れてしまうようでした。そこであまりミルクが出ないような乳首を探しまくってやっと見つけたのがヌークと言う名のほ乳瓶で、それにしてから口からひどく溢れ出るようなことはなくなりお腹一杯ミルクを飲めるようになってきて少し顔がふっくらしてかわいくなってきたのです。今から考えると病院に入院中はタオルでほ乳瓶を固定して誰が見ている訳でもなくミルクを溢れてこぼしてもそれ以上は与えられずいつもお腹を空かせていたような気がします。それで家内が授乳を終わり帰ろうとすると「もう帰るのまたお腹が空いてもたっぷりもらえないのね」とさみしい顔をしていたんだろうなとかわいそうに思えました。そこで成長に差がついてしまったと思われますが病院を攻めても仕方のないことです。
4月23日 生後36日 寝付きがわるい、うなる。
 生後1ヶ月を越えましたね。赤ちゃんはみんなこうなのだろうか、と言うのもツバサはちょっとの音でもすぐ目が覚め泣くのです。やっと、ベビーベットへ寝かせてやれやれと思っていると、家の外からバイクやマフラーを大きな音の出るものに改造した車、床のきしみ音でもすぐ目が覚め泣くのです。もう、テレビの音なんて聞こえるかどうかと言うくらい下げ、話もこそこそと、歩く姿は忍び足、何て言う生活をこの頃は送っておりました。
 ハヤトはハヤトでウンチがでないとずーっと夜中でもうなり続けています。そのうなり声でツバサが眠れないとでも言うのか怒ったように泣きます。
 それでも疲れるのかバタと2人共寝てしまうんですよね。親も疲れはてて数秒で深い眠りについてしまうのです。家内は2時間おきに起きているようですが!
 保健婦さんの話による音に敏感な子、うなる子色々な子がいるから気にしないで普通通り生活をしているとなれますよ。今はそういう時期だからと言われたそうです。(家内談)
5月5日 生後48日 こどもの日
 初節句と言うんでしょうか何かピンと来ないです。きっと毎日が忙しいからですね。この頃になると私は腰痛に悩まされていました。赤ちゃんを抱いてあげる時かなり緊張しているのが自分で解ります。赤ちゃんがこんなに重いものだとは思いませんでした。腰、腕、肩と体中が痛くなり、湿布を貼ったりしてしのいでました。
 特にミルクの後のゲップを出させる時、肩に頭を乗せポンポンと背中を叩いてすぐ出ればいいのですがこれがなかなか出ないとズーッと抱きかかえたままの体勢でいるので結構、辛かったですね。
 さて、子供達はハヤトがお腹が冷えた(親の感です。)のかなかなか寝ません、ツバサは相変わらずミルクの飲み方が下手ですが一滴もこぼさず時間はかかるものの最後まで飲めるようになりました。よかった!
5月28日 生後71日目 デベソ。 
 この頃でしょうか?突然ウンチの色が黄色から緑色に変化するのは、たいていの親たちはビックリして病院へとなるそうです。実際ママは病院へ電話しそうになったそうですが友達に電話して聞いたそうです。みんな突然のようにウンチの色が変わるみたいです。
 そのほかに色々な変化が見られるようになってきました。まず、二人とも頭を左右に振って頭の後ろがパゲになってしまいました。
 育児の本もかなりたまっている頃ですね。この症状はもしかして多動症候群??何て思ってみたりしていましたが違いました。それよりも、もっと心配な事がツバサにおきていました。
 それは泣くとピンポン玉位にふくれあがるデベソです。あまりにもおもしろいので指で押し込むとグジュグジュとお腹の中に引っ込んでいきました。臍経ヘルニア(字が違うかも)と聞きました。保健婦に聞いても「どうしたらいいのでしょうね」で終わりましたのでママは先輩のお母さん達に聞きながら病院にも行かずどうしたと思います?最初は大きなボタンを臍にあてて出ないようにしたり、なるべく泣かさないようにしたり言われたとおりのことやっていたのですがそのうちめんどくさくなり出てきたらパパが指で押し込んでました。それからどのくらいの日が経ったのか解りませんがだんだん出てこなくなってきたのでよしと言うことにしました。
 その時の跡が現在でも少し残っており少しデベソぎみです。間違ったことをしたのかなと一時だけ思いましたが本人が気にしてないのでいいよな〜(⌒ー⌒)
6月18日 生後3ヶ月 笑ったり表情が出てきた。 
 3ヶ月が経ち、今は二人とも指しゃぶりしてます。
 ハヤトは大声で「アーウー」とたまに言うように、ツバサは「ブビーブー」と長々とお話をするようになってきました。また、よく笑ったりよく泣きます。
 ハヤトはミルクが定量になると下唇を出してもういらないと意思表示するようになり必要以上に飲まなくなってきましたが豚さんになってます。
 親の耳は子供の声が言葉に聞こえるのでしょうか?他人が聞いても何言ってるのよ位なのでしょうがツバサがOKと言ったとかハヤトがパァパァと言ったとかアークはベイブ(この頃に子豚の映画でベイブと言うのが上映されていた。)の事だなと大きな勘違いをしているのは親バカですね。
9月4日 生後5ヶ月半 ツバサでんぐりがえしできる。 
 半年が経とうとしています。この頃になると親としてはもうボロボロになるくらい疲れています。ましてや一日中二人と一緒にいるママは死にそうになっています。
 そういう中でツバサが寝がいりを完璧にやってのけました。嬉しい出来事ですね。一方のハヤトは体が重いのかなかなかできません、少し手を貸してやってやっとできます。ハヤトはツバサが楽々出来るのを知ってか夜中中寝返りの練習をしてました。きっと、努力家なのかなと思いましたが、「いい加減寝てくれよな」と言いたかったけど、がんばっているハヤトには言えなかった。
 双子っておもしろいですね!寝ている姿、格好全く同じなんです。何か二人の間には通じるものがあるのだなと思います。そういえばパパとも同じ姿、格好してたよと後でママに言われました。
 暑い夏も何事も無く過ぎこれから寒い寒い冬へと向かっていくわけですがこのアパートにもそろそろお別れになりそうです。子供の泣き声もかなり聞こえているだろうしドタバタと足音も下の住人に迷惑をかけているようで気になり出しました。子供が走り回っても大泣きしても良いところへ引っ越しをと考えマンション、戸建てと色々見て歩きましたが、なかなか気に入った物件は見つからないものです。
 この後のお話は次回へまだアパートの住人の紹介も住宅購入奮闘記も有ります。
楽しみにね。(^_^) ツバサとハヤトのアルバムへ
アパートの住人パート2 
 我がアパートの一階の真ん中に住んでいる家族は、全然見たことが無いのです。不思議にも居るのか居ないのか解らないぐらいひっそりと暮らしてました。
 きっと、隣の自己虫家族が庭で焼き肉パーティなんかして喧嘩したり人の迷惑も考えず騒いでいるから窓も開けられず暑い夏なんか大変だったと思います。そこであまり家には居ないのではないかと推測しました。ご夫婦二人の生活みたいだとママは言っていました。その後、いつの間にか引っ越していったようです。しばらく空室となってました。
 その、隣(自己虫家族でない反対側)は丁度、私たちの真下にあたる部屋の住人はよく変わるのです。どういう訳か私がここのアパートに来てから三家族ぐらい変わっています。最初に居た家族は私の入る前から居たのですが家族四人暮らしで子供も小学校にあがる位だったと思います。
 ここのママさんはすんごくヒステリックで毎日毎日子供が怒られているのを筒抜けで聞こえていました。ここまで怒らなくてもと思いました。またこんな親にはなりたくないな〜と思ってましたが現在の状況を考えると家のママはなってました。
 その後、中古一戸建てを購入したとかで引っ越して行きました。その後に入ったのは
ご夫婦二人の物静かな人でしたが一年ぐらいでいつの間にか居なくなってました。その次は子供二人、小学生の男の子と中学生ぐらいの女の子とお母さんの三人家族が引っ越してきましたがこのアパートにはプライバシーなんてものは無いぐらい下のひそひそ声までハッキリ聞こえてしまうものですから離婚して子供と暮らしているのだなとか聞きたくも無いのだけど耳に入ってきます。
 この家族は少しばかり非常識な家族です。男の子は野球少年で挨拶もちゃんと出来るいい子なんですが、女の子はステレオをガンガンかけて周りに迷惑をかけてました。何度か注意もしたのですが一向にやめる気配は有りませんでしたので目には目をでスピーカーを真下に向けてこっちも思いっきりステレオをガンガンかけてやりました。
 そんなある日、またステレオをガンガンかけていたのでこっちもと思ったときにお母さんが帰ってきて相当怒られていました。その数ヶ月後、出ていきました。
 それから家の真下の部屋は私たちがでていくまで空室の状態となったのです。
 一階の住人の話はもう少し有ります。真ん中に住んでいた家族が引っ越して言った後の数ヶ月後、自己虫家族の娘の一人が結婚したらしくそこに新居を構えたのです。この旦那も常識の無い人でますます自己虫家族はエスカレートして行くのでした。
 ある日(娘が新居を構え引っ越してきた頃から)、一階の階段の下に私たちのチャリが二台置いてあるのですがそこに犬と思われるうんこが毎日のように置いてあるのです。片づけても片づけても毎日のようにうんこが置いて有りました。いったい誰だろうとズート見張っていたのですがなかなか敵は出てきません。
 そうこうしているうちにどうも自己虫新婚の犬(このアパートでは動物は飼ってはいけないことになってます。)の仕業ではないかと思われる場面に出くわしました。
 その自己虫新婚の旦那が犬を連れてわざわざ私たちのチャリのところでうんこさせていたのを見た人がいたのです。頭に来ました。次の日、文句言ってやろうと思っていた矢先、その旦那が事故を起こし加害者としてどこかに行ってしまったのです。う〜ん、天罰が下ったのかな?
 この時、思ったのは他人に迷惑をかけたり常識の無い事をしていると何時かは自分に返ってくると言うことです。
 これは嫁、姑の間や、同僚、恋人の間でも嫌いだとかバカにしていると相手からも嫌われバカにされているのだよと言うことと、やや似てませんか?
 自分の思っていることは例え口に出して言わなくても顔の表情や態度に自然に出ておりそのまま相手に伝わってしまい嫁、姑問題なんて言うものが起こってしまうのも一つの原因ではないでしょうか?夫婦の間もそうですよね。気を付けましょう。
 これで一階の住民達の紹介は終わりました。二階の住民達のお話をも、楽しみにしていてください。(^-^)//""
生後7ヶ月頃 ツバサお座りできる。 
 この頃になるとツバサは身軽なのかお座りをしている時間が多くなりました。
それを横目でまだお座りの出来ないハヤトはうつぶせになってくつろぎのポーズユッサユッサと体を動かしています。
 本人はきっと練習しているのでしょう。もう少しだぞハヤトガンバ!
 8ヶ月経つ頃にはツバサに異変が何と上の前歯が2本生えてきました。ハヤトはまだ生える気配もありません。それでもお座りが少し出来ました。そのころツバサはもうタッチの練習をしています。
 日に日に子供の成長は早いものです。ツバサは椅子につかまり登ろうとしています。ハヤトも負けじとやっと寝返りができる様になりました。
 ある時、一寸、目を離したスキにツバサがベット(高さ50p位)から落ちました。大泣きしばらく様子を見ていましたが異常なしよかったよかった
 ツバサとハヤトにはやはり身軽さのツバサ努力のハヤトと言った感じが出てきました。ツバサはハイハイをするよりタッチの練習に歩こうとしますがハヤトは今、ハイハイが出来るようになって自由自在に動き回ってます。それなのに何でハヤトはお座りがちゃんと出来ないのだろうか?
 離乳食にも差が出てます。ツバサは食べません口に入れると全部出してしまいます。ハヤトは何でも食べます。この食べる食べないが後々大変な事になっていくのですがある本には無理強いはしないようにと書かれていましたのでその通りに素直に無理強いしないでいたのがまずかったのかなとも今思ってます。
 8ヶ月も後半になってハヤトがやっとタッチの練習を始めました。まだ歯は生えてきません。ハヤトがお座りがちゃんと出来るようになったのは9ヶ月も過ぎた頃ですね。その頃にはツバサは歩こうとしてました。
 7ヶ月から9ヶ月の頃は本当に成長が著しいです。特に双子の場合比べる相手が居ることが良いようで悪いですね。次回は住宅購入奮闘記をお話しします。(^_^)/~~
住宅購入奮闘記 
 子供達の大きな泣き声、これから始まるであろうドタバタ足音、前にもお話ししましたが我がアパートは隣より上下の音がすごく聞こえる防音なんて無いに等しい作りです。過去の先例に赤ちゃんの泣き声がうるさいと大家にクレームを言った住人がいて、大家から赤ちゃんが出来ると泣き声がうるさいので迷惑がかかるので出ていってくれと追い出される事になっているようです。
 そう言う先例があったのでマンションから戸建住宅まで土日は見に歩き回ってました。ここで大きな買い物(私たちに取っては)になることからよく考えマンションは上下の防音がかなり低減されたと言っても子供のドタバタ足音、泣き声はやはり聞こえるとあるマンション業者の素直な意見を聞き一戸建住宅に的を絞り広告等をこまめに探し見て回りました。
 そんな時、ある不動産会社社長から建物は古い(築36年)が庭もあるし交通便、買い物便のいい物件があるけどどうだいと言われ資料を頂きママにFAXしました。(この時はママは子供達を連れて里帰りしていました。)
 ママは少し気に入ったみたいで、一度見に行きたいねと電話があり、帰ってきたら見に行こうねと話は付きましたが、自分たちには少し高値だったのであきらめもありました。そしてママが帰ってきて早速見に行きました。この時はまだ外観、位置、環境等を検討する段階で居住者が居ましたので遠くで見る程度でしたが頭の中はもうここが気に入っていた見たいです。だって、その後も3〜4回見に行っていたんだもの!
☆建物を見に行く☆
 さて、建物が古いことから一度、家の中も見たいねと言うことで不動産会社社長に頼んで中を見せてもらうことにしました。見に行くにあたって持っていったものは間取り図とカメラ(後でどうなっていたか写真を見て思い出すため)を持って家族4人で見に行きました。
 さすがに築36年って感じ(言葉で表せられない)、写真をバチバチ撮って家の中を探検、(子供達は案外静かにしてたのでよかった)この時すでにリフォームの必要な箇所をチェック、隣近所の情報を徴収しその日はママと二者会談を時間の経つのも忘れ検討しました。
☆検討する☆
 検討の結果は、リフォームする箇所がかなり有り資金が要る事。、予算が2割位高い事(不動産会社社長は建物は古いので土地台だけと言っていた)。、はたしてこの建物は後何年住めるか(建物を新築するだけの予算は無かった)。、北向きと言うのが気になる(風水的に、冬の寒さ、日当たり)事、ましてや南側に3階建の全く隣り近所の日照の事なんて考えてない設計の建物が一軒建っていた、その建てた人が建築士(開業建築士事務所)であると言うことが気になった。つまり建築士は周りの環境も考慮して設計するものだと思うのですが、全く周辺の事を無視し設計をした建築士はいくら法に触れないとはいえ建築士としてのモラル及び人間が解る様な気がした。そんな建築士に自分だったら仕事は頼まないだろうな、これが建築士でなかったら近所迷惑な人だなで終わるのだが!
☆その後☆
 検討した結果、不動産会社社長にはリフォーム及び予算はこれこれしかじかしか無い事を伝えた。建物の耐用年数はリフォームをうまくすれば、まだ5年や10年は行けそうだと判断(ブロック造)、北向き及び日当たりは新築するときに問題解消出来ると思われる。(3階建てにして2階を居間にすると日当たりは抜群)
 価格的に売り主希望価格を大きく下回ることからたぶんダメであろうと思っていましたので諦めていましたがもし、予算通りだったら買いだなとママとの意見は一致し、後は気長に返事を待っていました。
 それから数日後、売り主の方が自分たちの条件価格でいいと返事を頂き、これは私たちに買いなさいとご先祖様が導いてくれたのだと思い資金繰りに銀行に融資を申し込みに行きOKの返事をもらい契約となりました。(建物が古いことから公的資金の調達は出来ず銀行借り入れとなった)
☆契約☆
 契約は無事終わり、手付け金を10%支払い、後は残金決済を銀行でと言うことになりました。残金決済日に銀行で借入金額は価格の85%、残りの5%を現金で支払い、なんだかんだで諸費用も購入価格の10%はかかりました。無事残金決済も終わり、
売り主さんの引っ越し後、鍵を頂きました。(本当は残金決済の時に引き渡しとなるのですが)とうとう買ってしまったんだと一息。\(~o~)/
☆リフォーム☆
 引っ越しは年の暮れ、冬にすることにしました。それまで少し時間が有るので時々見に行っては自分で出来る補修等は自分でやりました。
 まずリフォームはお風呂とキッチンをすることにし、3社程見積もりを頼みました。しかし、その内の1社はいつまで経っても見積もりが出てきません。おかしいので電話をすると使われていませんでした。まあ、態度も悪かったし、やる気が見られなかった。安くやってよと言ったらどんな事しても○○○万円かかるよと法外な値段を言ってましたから。ところがその会社、名前を変えてちゃっかり営業して要るではないか!何故解ったかって実は広告に住所が同じで電話番号だけ変えて会社名に○○センターと付けて出ているのを偶然見つけてしまったのです。バカにしてますよね。
 また、同じ条件でリフォームを頼んでも上下では3割から4割の差がでました。結局、熱心に話を聞いてくれて予算に何とか合わせてくれて自信のある某会社に頼みました。工事は年明け早々にやってもらいお風呂とキッチン水回りは新築住宅と同じ雰囲気を出すことが出来満足しました。ママも大満足です。
☆引っ越し☆
 荷物は先に引っ越し、住人は後からゆっくりリフォームが終わってから引っ越しとなりました。まず、必要のないものは全部2階に詰め込み1階を整理整頓して生活が始まりましたが、何と言ってもまだ雪が屋根ぐらいある時でしたのでなかなか思うように整理出来ませんでした。ご近所に挨拶に行ってみなさん良い方でホッとしましたがその年は何と班長になってしまいました。llllll(-_-;)llllll
☆雪が溶けてから☆ 
 雪が溶ける頃には何とか生活が出来る程度に片付きました。そしてある事件が起こっていました。屋根が一部雪の重みで脱落していたのです。ここでついでだから屋根の塗装もしておくかと思いまたもや安く上げてくれる業者を捜し回りました。そこでも変な業者がいました。今回は脱落した部分の補修と屋根全体の塗装を頼みましたが見に来た業者の中になんだかんだで○○○万円かかるはそんなことするより新築した方がいいだろうさと言われました。そんなこと新築できるなら良いに決まっているではないか何聞いてるんだいと言いそうになった。結局、また親身になって安く上げてくれる業者に頼みました。これもまた上下の差は7割位の差が有りました。
 これで同じ条件でリフォームするにもかなり業者によって価格の差があると言うことが解り以後必ず数社の見積もりを取ることにしました。
 そうしている内に子供達は一才の誕生日を向かえるのでした。

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